大阪市長に提言 校長に聞く 競争だけが教育か

 

●信頼が教育の「原点」

 

久保校長の提言は、教育行政の問題にも触れ、「学校は、グローバル経済を支える人材という『商品』を作り出す工場と化している。そこでは、子どもたちはテストの点で選別される『競争』にさらされる。教職員は、子どもの成長にかかわる教育の本質に根ざした働きができず、喜びのない何かのためかわからないような仕事に追われ、疲弊していく。さらには、やりがいや使命感を奪われ、働くことへの意欲さえ失いつつある」と主張。それゆえ「今、価値の転換を図らねば、教育の世界に未来はないのではないか」と問いかけている。

さらに、「社会の課題のしわ寄せがどんどん子どもや学校に襲いかかっている」として、虐待や不登校、いじめ、10代の自殺が増えていることを指摘し、こう警告している。

「子どもたちを生きづらくさせているものはなんであるのか。私たち大人は、そのことに真剣に向き合わなければならない。過度な競争を強いて、競争に打ち勝った者だけが『頑張った人間』として評価される。そんな理不尽な社会であっていいのか。誰もが幸せに生きる権利を持っており、社会は自由で公正・公平でなければならないはずだ。『生き抜く』世の中ではなく、『生き合う』世の中でなくてはならない」

全国学力テストなどについても「数値化して評価することは人と人との信頼や信用をズタズタにする」としてやめるべきだと主張、「子どもたちと向き合う本来の教育に戻ろう」と呼びかける。

久保校長が実名で提言書を送ったのは5月17日。それまでに3回、市の「市民の声」窓口に実名・肩書を記してメールしたが、方針が変わらないため、市長に直接手紙を書こうと思ったという。

「最初はオンライン授業のことで、と考えていたがいろんなことが浮かんできて、いつから大阪はこんな教育になってしまったのか。今年で退職なので、自分は今まで何をしてきたんやろか、と。違和感を持ちながらも、正直な気持ちを言ってこなかったなあ。子どもたちには『いろんな意見があるのだから、自分の考えを言って話し合うことが大事だ』と言ってきたのに、自分自身はごまかしてきたなあと。いつか時代の流れが変わったらと何とかなると思ってきたのではないか。そんな自分が許せないというのが一番の動機でした」

さらに、久保校長は「戦前戦中の教師はなぜ、教え子に死んで来いと戦場に送り出したのか不思議だったのですが、今は武器こそ持たないけれど、勝ち抜いて来いと送り出している自分も同じ加担している側の人間ではないかと思うのです。勝ち抜く子がいれば勝ち抜けない子もいる。沈黙していることは賛同していることだと気づいたのです

 

●「改革」で志願者減

 

久保校長の提言に大いに共感したという関西学院大准教授の濱元伸彦さんは、大阪府・市の教育改革には三つの特徴があると指摘する。

「切磋琢磨が悪用されている」と話す関西学院大の濱元准教授

一つは「首長指導」。2012年に維新の会が中心になって成立させた「教育基本条例」。以後、教育への政治介入が強まり、知事や市長のトップダウンに基づく教育行政がまかり通り、教育現場との対話が不足している。

二つ目は「切磋琢磨」。教育に競争原理が導入され、子どもたちはテストの1点、2点を求める競争をあおられ、教員たちも短期間に明確な成果を上げることが求められる。「学校選択制」が導入され、3年連続の定員割れの高校は統廃合の対象となる。

三つめが「数値化された目標の重視」で、学力テストの結果など、数値を上げることを目標にした教育が行われているという。

こうした教育改革は教員志望者の減少として表れていると、濱元さんは指摘する。

「21年度の小学校教諭採用試験で、かつて5~6倍あった大阪市は2・6倍でした。神戸市は6・9倍。大阪の人材が近隣の都市に流れています。決定的だったのが18年、当時の吉村市長が学テの結果を教員給与や学校予算に反映させるとの発言でした」

1

2

3

関連記事



ページ上部へ戻る