在日コリアン元政治犯 故・孫裕炯さん家族が再審請求 事件から40年越し無罪確定

朴正煕、全斗煥大統領の軍事独裁政権時代の韓国では、民主化を求める声が高まるたび、国内を引き締める目的でスパイ事件が捏造された。特に在日韓国人の場合は日本国内に韓国を支持する民団と北朝鮮を支持する朝鮮総連という二つの民族団体があり、格好のターゲットになった。母国留学中の学生、ビジネスマンらが「北のスパイ」に仕立てられる事件が相次いだ。わかっているだけで100人超ともいわれる。孫さんのケースは全斗煥政権で初めての在日政治犯事件だった。

夫辛花さんを囲んで。次男の孫明弘さん㊧と支える会の山田隆嗣さん=大阪市生野区

在日元政治犯の人権回復の動きは廬武鉉政権下の2005年の「真実和解委員会」発足が契機だった。10年には1人目の再審無罪判決が確定。元政治犯でつくる「在日韓国良心囚同友会」によると孫さんが38人目となる。聞き取り調査に来日した「在日同胞事件再審弁護団」の李錫兌(イ・ソクテ)弁護士に励まされ、他界した孫さんに代わり夫さんと明弘さんが再審の請求人になった。

◆拷問の自白認めず

昨年3月にソウル高裁で再審開始。「死刑判決まで宣告され、17年間獄中生活を強要された。夫の孫裕炯は無念の思いを抱いてこの世を去った。本人と家族の無念の思いを晴らしてほしい」という夫さんの陳述書をソウル在住の孫娘、良順(ヤンスン)さんが代読。明弘さんはコロナ禍の隔離を経て出廷し陳述、孫さんと、共に40年間苦しみを抱えてきた家族の思いを訴えた。

昨年10月19日、ソウル高裁は孫さんに無罪を宣告。安企部が令状なしで46日間監禁し拷問で自白を強要したと認定、不法な捜査による自白の証拠能力も、押収された物的証拠もすべて否定し、事件は捏造と結論づけた。今年1月27日、大法院が検察の上告を棄却、再審無罪が確定した。その日、夫さんのもとに明弘さんら家族や支援者が集まり、良順さんからの電話で、喜びを分かち合ったという。「冤罪を晴らし、無罪だとみんなにわかってもらって本当によかった」と夫さん。

◆済州島の母村八分

拘束された当時、孫さんは石油節約添加剤を販売する会社の経営に乗り出し、明弘さんも父の会社を手伝っていた。しかし事件後、倒産。残された家族は借金の返済にも追われた。済州島の孫さんの老母は事件後、「アカの親」などと村八分にされ、寺などを転々とした末に病死した。夫さんと長男は韓国に入国すると拘束される恐れがあるため、明弘さんが渡航、孫さんに悲報を伝えた。今回、済州島の親戚3人(いずれも故人)も再審で無罪が確定している。

生前、孫さんは事件や獄中の体験を家族にも話さなかった。家族からも敢えて尋ねなかったという。「しんどい思いをしたのはわかっているし、話すのも辛いやろと。帰ってからがもっとしんどかったと思う」と明弘さんは父の心情を慮った。仮釈放時は69歳。辛酸をなめた家族のためにも様々な事業に乗り出すが、中々軌道に乗らず苦労していたという。17年の間に、親しい友人たちも早世していた。

夫さん、明弘さんが何より強調したのは支援者への感謝の思いだった。孤立無援に陥った家族を、地元・生野区の労組などを中心に結成された救援会「孫裕炯さんを支援する会」が支えた。事務局を担った山田隆嗣さん(69)は「家族の苦労が少しでも報われるのがうれしいです。夫オモニがお元気なうちに無罪が確定して本当によかった」とねぎらった。

1

2

関連記事



ページ上部へ戻る