「寄り添う」伴わぬ安倍首相

日本の敗戦から75回目の夏。無謀な戦争は、大都市や軍事関連施設への空襲、沖縄における壮絶な地上戦、広島・長崎への原爆投下により、多くの市井の人々を含む310万人以上の犠牲を生んだ。あれから75年が経ち、日本の総人口に戦後生まれが占める割合はついに85%となった。多くの日本人が「平和な時代」しか経験していないという状況で、既に戦争は「昔話」になりつつある。しかし、愚かな戦争がもたらした被害は、まだまだ終わっていない。

その典型的なものが、広島・長崎の原爆被害であろう。膨大な核エネルギーの放出でもたらされた爆発は、両市を合わせて21万人余りの命を一瞬にして奪ったとされる。犠牲者の多くは一般市民であった。原爆の恐ろしさは、最初の爆発だけではなかった。まき散らされた放射能を浴びた人々は「原爆病」を患い、次々と命を落としていった。原爆忌に奉納される原爆死没者名簿に記載された人数は今年、広島市で32万4129人、長崎市で18万5982人に及んだ。そして、被爆者健康手帳を所持する人々が、全国に14万5844人もいるのである。

だが、これらの数字はあくまでも「公式」のものであり、原爆投下直後の死者数は推計に過ぎない。実際に原爆の被害に遭いながら、「被爆者」と認定されずに補償も受けられずに75年間を過ごしてきた人々もいた。そのことを改めて突きつけたのが、いわゆる「黒い雨訴訟」である。

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