「韓国はなぜ、徴用工問題にこだわるのか」うずみ火講座

新聞うずみ火主催「うずみ火講座」が9月6日、大阪市此花区のクレオ大阪西で開かれ、元大阪府立高校教員で関西大非常勤講師の塚崎昌之さんが「韓国はなぜ『徴用工』問題にこだわるのか」と題して講演した。塚崎さんは在朝鮮人史が専門で、大阪の朝鮮人強制連行研究の第一人者。戦中戦後、現在の強制連行被害者への三つの加害について語り、「想像力豊かに被害者に寄り添おう」と訴えた。講演要旨をお届けする。(文責・矢野宏)

強制連行は1939年9月からの「割当募集」、42年2月からの「官斡旋」、44年9月から国民徴用令による「徴用」の三つに分けられるが、分ける意味はありません。戦後、日本政府が作ったデータでも区別していない。

2006年1月、国連人権委員会で「在日コリアンの強制連行」について報告があり、日本政府が反論した。安倍政権の見解はこの時と同じで、四つのポイントがある。
①「割当募集」と「官斡旋」の30万人のうち、ほとんどは鉱山や建設企業からの応募に自発的契約に基づいて応じた人々だった。
②国民徴用令に基づいて徴用された者はほとんどいない。

③指定の支払いは適正に行われた。
④国民徴用令の朝鮮半島への適用は可能な限り先送りされ、1944年9月になって初めて朝鮮半島で施行された。いわゆる「朝鮮半島出身の労働者」が日本に送られたのは、44年9月から45年3月までの間のことに過ぎない。

全くのデタラメで、47年12月に大蔵省管理局が行った「日本人の海外活動に関する歴史的調査」で、植民地支配正当化のための報告書にもかかわらず、強制連行についてこう書かれている。
〈朝鮮人労務者対日本動員数は約72万人、「官斡旋と雖も半ば強制的……」〉〈国民徴用実施状況は約22万人〉とたくさん徴用している。〈「送金極めて円滑を欠き……」〉と本国へ送金されていない。〈41年度に軍要員への徴用、43年度に学徒徴用を実施〉とあり、徴用は44年9月から始まったわけではない。

割当募集は国内の急激な労働力の不足により、炭鉱・鉱山、土木の関係業者から政府へ要求があって実施された。開始当初は自らの意志で応募した者がほとんどだった。理由は二つある。朝鮮半島南部の干害で食べるために仕事を求めなければならなかったことと、募集従事人の「高賃金」という甘言にだまされたこと。
実際に、炭鉱現場などに連れて行かれると、あまりのひどさに多くが逃げ出し、40年以降は集まらなくなった。

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