ライブのチケットは入手困難、だがテレビでその姿を見ることはほとんどない。政治や社会を風刺する松元ヒロさん(69)に郷里の鹿児島テレビが密着したドキュメンタリー映画「テレビで会えない芸人」が1月29日から大阪・第七芸術劇場などで公開される。放送文化基金賞など各賞を総なめにしたテレビドキュメンタリーの映画版。松元さんの至芸を通し、自主規制に縛られたテレビのありようが浮かび上がる。(栗原佳子)
監督は1971年生まれの四元良隆さんと83年生まれの牧祐樹さん。2019年2月、松元さんの鹿児島公演の打ち上げで、四元さんが「撮らせてください」と願い出たのが始まりだった。松元さんの舞台に通うテレビ関係者は少なくないが、二言目には「でもやはり、テレビには出せない」。四元さんは「放映できないというテレビの方がおかしい」という考えだった。
快諾を得た四元さんは牧さんに声をかけた。「ドキュメンタリーを撮ってみないか。一緒にやろう」。情報畑などが長くドキュメンタリー未経験の牧さんと経験豊富な四元さんがタッグを組んだ。
2人が肉迫した松元さんは鹿児島市生まれ。東京での大学時代、チャップリンの映画などに触発されパントマイムの道へ。1987年、昭和天皇の病状悪化の自粛騒ぎで仕事が激減した3グループで社会風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」を結成した。
テレビにも出演するようになったその矢先、松元さんは98年に独立、ピン芸人としてデビューした。客席に向かい1人でネタを披露する「スタンダップコメディー」で年間120本の舞台に立ち続けてきた。日本国憲法施行50年の97年から演じる『憲法くん』は憲法を擬人化した十八番。ライブでしか体験できない珠玉の芸も映像に収められた。
稽古に励み、新聞を熟読し、研鑽を重ねる日常もカメラは追いかけた。恩師や友人、家族、偶然出くわした白杖の女性らとの交流に人柄がにじみ出る。舌鋒鋭く権力を風刺するが、弱いものに対する目線は優しい。松元さんの芸に一貫して流れるトーンだ。
それでも松元さんにはテレビで会えない。なぜか。四元さんと牧さんの問いに局幹部が答える。「クレームとかトラブルとか、予防線を張っておきたい」「空気ですかね」。
牧さんは「松元さんはテレビに出られないのではなく、テレビの自主規制という枠から自ら飛び出した。テレビで会えない芸人を作り出したのは私たち」と指摘する。
一昨年放送したテレビドキュメンタリーを映画版として81分に拡大。ドキュメンタリー映画を数多く世に出してきた東海テレビの阿武野勝彦さんがプロデューサーを務めた。鹿児島で先行上映。第七芸術劇場、京都シネマ、元町映画館、ポレポレ東中野で1月29日から。全国で順次公開。
なお1月29日はポレポレ東中野午前10時、正午、京都シネマ午後6時10分、30日は元町映画館午前10時、第七芸術劇場午後1時半、それぞれの回終了後に舞台挨拶。松元さん、四元さん、牧さん、阿武野さんが登壇。