1月2日から大阪・第七藝術劇場で映画「水俣曼荼羅」上映 解決遠い現実 浮き彫りに

「ゆきゆきて、神軍」「ニッポン国vs泉南石綿村」などの作品で知られる原一男監督の新作ドキュメンタリー映画「水俣曼荼羅」が1月2日から大阪・第七芸術劇場で上映されている。テーマは「公害病の原点」といわれる水俣病。20年現地に通い、患者やその家族、研究者や支援者らを撮影。3部構成、6時間12分の作品に仕上げ、解決にはほど遠い現実を浮き彫りにした。(栗原佳子)

映画のワンシーン©疾走プロダクション

「水俣は終わったんじゃないか。よく言われます。でも、それがこの国の大多数でしょう。僕自身、終わった問題だと思っていたのですから」

そんな原監督の認識を一変させたのが2003年の水俣行きだった。患者の支援者に現地を案内してもらい、水俣病の問題が本質的な解決に至っていないことを思い知った。

原監督がまずカメラを向けたのは04年10月、関西訴訟最高裁判決の勝利に沸く原告たちの表情。1956年の水俣病公式確認から約半世紀。国と熊本県が排水を規制せずに被害を拡大させた責任を初めて認めた画期的な判決だった。

映画のワンシーン
©疾走プロダクション

第1部「病像論を糾(ただ)す」はこの関西訴訟が軸になる。病像論とは何をもって水俣病とみなすのかという争い。国は77年、感覚障害に運動失調、視野狭窄などの症状の組み合わせを必要とする厳しい「77年基準」を打ち出し、認定を申請しても切り捨てられる事例が続出、多数の裁判が起きた。95年、国は未認定のまま一時金を払う「政治決着」を図るが、関西訴訟の原告は拒否、裁判を継続した。

最高裁判決は「77年基準」の根拠である「末梢神経説」を否定、「脳の中枢神経説」を採用した。しかし国も県も判決を無視。一方で新たな病像論を実証した熊本大医学部教授の浴野成生さん、二宮正さんは異端の存在に。原監督は、90歳を超えて新たな裁判闘争に挑む関西訴訟原告団長の川上敏行さんらとともに、孤立無援の中、立証を重ねる浴野さんらに密着した。作中、浴野さんはこう警鐘を鳴らす。「メチル水銀が世界中で増えていくと人と人とのコミュニケーションが非常に難しくなる。相手のことが理解できなくなっていく。すぐ戦争となってしまう」。水銀はマグロやクジラの体内に取り込まれいまや地球全体を覆っている。

第2部「時の堆積」第3部「悶え神」では小児性水俣病患者・生駒秀夫さんや胎児性水俣病患者・坂本しのぶさんら患者と家族の暮らしが群像劇のように描かれる。佐藤英樹さんら患者の認定を求める訴訟はいまも続く。

 

映画のワンシーン©疾走プロダクション

原監督は不知火海にも潜り撮影した。微量の水銀が検出される海。そこで生きる魚たち。ヘドロは90年に埋め立てられ、運動公園になったが、護岸の耐用年数は50年。「その後」は先送りされたままだ。

「シリアスな問題ですが、面白く描かなければ観てもらえない。『面白かった』と言ってくれる人がいると、やってよかったとホッとします」と原監督。関西では京都アップリンクでも1月28日から上映。

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