京都アニメ放火殺人 若者の夢奪った凶行

京阪電鉄宇治線六地蔵駅の北側に広がる住宅街に立つ明るい黄土色をした3階建てビル。世界のアニメファンに「KYOANI」で親しまれる映像製作会社「京都アニメーション」(本社・宇治市)の京都市伏見区にある第1スタジオだ。多くの名作がここから生まれていた。

いつものように朝10時ごろに出勤してきた従業員らが仕事に取り掛かって間もない7月18日午前10時半頃だった。赤いTシャツにジーンズ姿の青葉真司容疑者(41)がたまたま無施錠だった玄関から押し入ったかと思うと、「死ねー」という叫び声とともにポリバケツのガソリンと着火剤をまいてライターで火をつけた。

「ドーン」という大音響と同時に炎が一瞬で広がる。「キャー、助けてー」。逃げ惑う若い女性たちの悲鳴。しかしガソリンはあっという間に気化して爆発的な燃焼(爆燃現象)を起こしてしまう。炎は吹き抜けの階段と奥の階段から瞬時に3階に達してしまう。炎は二つの階段の「煙突効果」で一気に吹き上がったようだ。録音設備などがある1階よりも2階、3階にいた人の方が多かった。

さらにガソリンをまいたのはらせん階段の近くだった。青葉容疑者も全身に大火傷を負った。
大阪市東住吉区で小学生の娘の保険金目当ての放火殺人とされ19年間も服役した母親と内縁の夫が、後に冤罪と判明した火災事故は当初、夫がガソリンをまいてライターで火をつけたとされた。しかし「狭い所でやけどもしていないのは不自然」とされ、検証の結果、車からのガソリン漏れと判明、2人は遅すぎた雪冤を果たした。

取材3日目の7月21日。悲劇のビルの間近に行けた。前日に京都府警は現場規制を緩めたのだ。まだ焦げた臭いがしている。
涙顔で見上げる若い女性たち。若い男性は怒ったような表情で花束を抱えたまま立ち尽くしている。ミニバイクで通りかかった年配の男性や歩いていた女性も遠くから手を合わせる。ビルは窓枠が外れ、赤茶けてゆがんだらせん階段も見える。犯人が押し入った玄関は枠もない。何もかも真っ黒焦げ。中へ入って暗さに目が慣れない限りはよくわからない感じだ。一瞬、見えるのはカメラマンがストロボを光らせた時だ。ビルの下に花束はいくつか置かれていたが、警備の男性に「献花台へ持っていってください」といわれる。

必ずではないが、大事件や事故の現場に花束を置く筆者も、この日は神戸で小さな鉢植えの花を買い、現場では初日の取材でお世話になった店で水を満たしてもらった。京阪の線路脇に設けられた献花台には、日曜でもあり、六地蔵駅までずらりと続く行列に混じった。
だが並んでいる間、真後ろの若い男性がすすり泣き続けていた。てっきり知り合いが亡くなったのかと思って男性の献花後にそっと尋ねたが違った。稲垣佑二さん(37)は大阪の会社員で「京アニ」のファンだった。

「『けいおん』が大好きでした。椅子から立つときの一人一人の動きとか、全然ほかのアニメとは違うんです。楽器を弾いてる指の動きも繊細に描かれている。そんなアニメはありません。もう、アニメというより素晴らしい映像作品です」

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