被災者生活再建支援法 市民から切なる訴え

阪神・淡路大震災がきっかけとなって見直された人と人とのつながり。生活再建に苦しむ人に公的資金を、と市民たちが声を上げて生まれた「被災者生活再建支援法」。朝鮮学校では在日コリアンと日本人が助け合う姿が印象的だった。あれから25年……。(矢野宏)

阪神・淡路大震災では、約25万棟もの住宅が全半壊した。被災者が受け取ったのは1世帯あたり40万円の義援金で、国からの補償は一切なかった。

自らも被災し、日本弁護士連合会災害復興支援委員会の初代委員長も務めた永井幸寿弁護士は「自由主義社会では個人の資産形成は自由競争に委ねられ、公費の支給はしないというのが政府の主張でした。どんなに家が壊れようとも自分のものなのだから、国は関与しないというのが原則です」と説明する。

この方針に対し、批判の声を上げたのが兵庫県西宮市で被災した作家の小田実さん(2007年死去)。1960年代のベトナム戦争で反戦運動を繰り広げた市民運動家でもある。

小田さんは、公的資金で被災者の生活再建を支援する市民立法を作ろうと訴えた。

97年1月、MBSラジオの番組で、小田さんはこう話していた。

「天災は政治の責任ではないにしても、天災が引き起こした被災に対しては責任がありますよ。天災を人災に変えないように政治が責任を持つ。そのために我々も税金を払っているわけです。それに、このまま放置していたら莫大な社会保障を必要とするようになり、膨大な金が必要になる。そこで、被災者支援に何百万円か入れば生活基盤が回復できる、自力で立ち上がることができるのです」

当初、国民による共済制度を目指した兵庫県や日本生協連、全労済協会が「自然災害に対する国民的保障制度を求める国民会議」を結成し、署名運動を展開した。市民たちも公的支援を求める声が高まり、集まった署名は2400万人分。国民の5人に1人にあたる。

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