大阪城に残る軍事遺産(8)大阪城天守閣の復興のための寄付金で新築した「旧陸軍第四師団司令部庁舎」

京都ミニ―ツアー「まいまい京都」が主催する「大阪城に残る軍事遺産」ツアーに同行し、大阪城天守閣のある本丸へ。そこには二つの「城」があった。(新聞うずみ火 矢野宏)

大阪城天守閣の前にある旧陸軍第四師団司令部庁舎=4月7日、大阪市中央区

大阪城天守閣がそびえる本丸にはもう一つの「城」がある。ドイツの古城を模した地下1階地上3階(中央部分4階)の「旧陸軍第四司令部庁舎」(現ミライザ大阪城)で、左右対称のロマネスク様式よる重厚な建物として建造され、現在も当時の姿を残している。

竣工したのは、天守閣が復興された1931(昭和6)年。

発端は3年前の大阪市議会で、当時の関一市長が昭和天皇の御大典記念事業として天守閣復興と本丸一帯の市民公園化を提案、全会一致で可決された。

大阪城天守閣の前にある旧陸軍第四師団司令部庁舎=4月7日、大阪市中央区

建設費は大阪市民の寄付で賄うことになったが、不況下にもかかわらず目標額の150万円(現在の約750億円)はわずか半年たらずで集まった。

案内役の武庫川女子大名誉教授の三宅宏司さん(77)は「大坂城天守閣の復興のために集められた寄付金150万円のうち80万円が第四師団司令部に使われました。大阪城の全域が陸軍用地だったので、陸軍は天守閣の復興を認める交換条件として司令部庁舎の新築を要求したのです」と説明する。ちなみに、天守閣の建造にかかった費用は47万円で、残りの23万円が公園整備費に充てられたという。

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