映画「ニジノキセキ」 阪神教育闘争伝えたい

連合国軍総司令部(GHQ)の占領下で起きた、在日朝鮮人による民族教育への弾圧事件「阪神教育闘争」をテーマにしたドキュメンタリー映画「ニジノキセキ」が神戸に続き、大阪や京都でも公開される。71年経ったが、朝鮮学校は国の高校教育無償化から除外され、ヘイトスピーチにさらされている。それでも朝鮮学校で学ぶ子どもたちは笑顔を失うことはない。映画を企画・制作した在日本朝鮮兵庫県青年商工会の会長でプロデューサーの趙寿來(チョウ・スレ)さん(43)は「朝鮮学校やそこで学ぶ子どもたちの姿を知ってもらいたい」と話している。(矢野宏)

民族教育は最も基本的な人権の一つだが、戦後、在日朝鮮人がその権利をつかむまでの歩みは弾圧と差別の歴史だった。

1945年8月15日、日本人にとっては敗戦の日だが、朝鮮人にとっては解放の日だった。終戦当時、日本には200万人を超える朝鮮半島出身者がいたが、翌年までに140万人が帰郷したと言われている。日本に残った人の多くは在日日数が長く、生活基盤が日本にできた人たちで、皇国臣民化教育によって日本語しか話せない子どもを抱えた人たちだった。奪われた朝鮮の言葉や文化を次世代に教えるための「国語講習所」が次々と生まれ、全国各地に朝鮮人学校が設立されていった。

ところが、48年3月、政府は「朝鮮人学校閉鎖令」を通告。各地で撤回を求めて抗議運動が続けられた。なかでも神戸や大阪での抗議活動は激しく、4月24日には兵庫県庁前に1万5000人が集結した。代表の朴柱範(パク・チュボム)氏らが県知事と面会。6時間にも及ぶ交渉の末、いったんは学校閉鎖令を撤回させた。だが、その日の深夜、米進駐軍の司令官が戦後唯一の「非常事態宣言」を発令。3日間で1700人以上の在日朝鮮人が検挙され、朴氏は事実上、獄死した。

2日後の26日には、大阪府庁前に2万人が集まり、抗議の声を上げた。府知事と交渉が決裂した後、待機していた警察官が一斉に射撃。当時16歳だった金太一(キム・テイル)少年が命を落とした。

映画は、そんな教育闘争の歴史をひもときながら、「教育闘争の精神とは何なのか」を問い続けていく。県下の朝鮮学校6校とそこで学ぶ児童・生徒、教職員、保護者、地域同胞たちに密着し、子どもたちの目を通して朝鮮学校の置かれた現状や未来への希望が描かれている。何より子どもたちの笑顔が輝いている。ナレーションを担当したのは、神戸朝鮮初中級学校教諭の金紗梨(キム・サリ)さん。

上映時間は80分で、朝鮮語の会話には日本語の字幕がつく。趙さんは「朝鮮学校を取り巻く環境は厳しいが、現状を悲観するのではなく、『子どもたちの笑顔を守っていかなくては』と、感じてもらえれば」と期待を寄せている。

5月31日まで神戸市中央区の元町映画館で、6月1日から14日までは大阪市淀川区の第七藝術劇場で、8日~21日は名古屋市中村区のシネマスコーレ、15日から28日までは京都市下京区の京都シネマで上映される。

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